♪ cocorotte な毎日 ♪

「こころってなぁに?」と問いかける毎日。目に見えない「心」を形にする試み

目で見えるものに欲しいモノなんてない、本当は。

昨年の今頃は、ちょうどジュエルっ子真っ只中でしたね。
ひとりぼっち救済!「絵本・ジュエルっ子物語」の『対話型原画展』を全国へ - FAAVO滋賀

ジュエルっ子期間中は夢中で気づかなかったのです。
(いえ、何だかモヤモヤはしていた)

期間が終わってから、
ざわざわざわと危機感を感じ始めました。


私、絵本のことも文章のことも物語のことも
なぁんにも分かってない。


それが何なんだ。
そんなものどうでもいいじゃないか。
好きなように書けばいい。

そう言ってくださる方が大多数でしょう。


でも、私の中のアキはそれを許さない。

アキは、物事の根幹をつかまえたい。

もうこれ以上掘り下げることはできない。

というところまで突き詰めたい。


そうなると、
目に見えているものは、
ほぼ、私が求めているものではないのです。

私が欲しいものは、
いつも目では見えないもの。

追うと逃げて、
つかもうとすると消えてしまうもの。


つかまえるのは、きっと無理なのだなと思い、
私はただそっと「感じ取る」ことにしました。

積極的に、自分だけの時間、自分だけの空間に滞在するようにしました。


静かな空間で感じることに集中していると
私の周りでふわふわと浮かんでいるように思えていたものが
私の脳に直接答えを送り込んでくれます。

その答えは、
私がすでに知っていたこと。

でも、遠い過去に置き去りにして来た愛おしいもの。

答えがひとつひとつ現れるたびに、
私は大きな感動に包まれるのです。


この体験たちが、
絵本って、文章って、物語って・・・?
の答えになるかしら・・・
(もちろんまだ結論が出ない)


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cocorotte(こころって)の心と感性が喜ぶワークショップ開催決定!

「自分らしい明日」を今日創ってみるワークショップ

8/20(日)大阪市天満橋
お申込み・お問い合せ受付中!

好き・嫌いを尊重しないと感性は仮死状態になっちゃう

好きなものを否定される。

嫌いなものを強要される。

嫌がっても聞き入れてもらえない。


そんなことを繰り返すうちに、感性は死んだように働かなくなって行く。

感性の輝きは決して死んでしまうことはないのに、
仮死状態にされる。


感性を殺された!
という思いは強い怒りとなって
自分の人生に影響を与える。


ここで、感性と感情はぐるぐるともつれあうけれど、
感性は仮死状態なので、感情だけが際立つ。



ここ、ここ。
ここを何とか表現したいのだけれど・・・


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創りあげてみたい世界を持ちながらオトナになったあなたへ。

大学は10か月目を迎えました。
1年次最後の期!(気合!)

せっかく学ぶ素地ができているのだからと申込んだ
大阪労働大学講座は41回中の7回目。

疲れと眠さの中での勉強は辛い。。。
けれど、大学の教科書を肌身離さず(電子テキストだ...)持っています。

今は、いつでもどこでも学べることが私の心の支え。


私は子どもの頃から、
言葉では表現できなかったけれど
創りあげてみたい世界があって、
そのイメージが頭の周りに
いつもふわふわ浮かんでいました。

その時の私には、
そのイメージをどうつかまえて具体化すればいいのか分からなかったのですが・・・

でも、大人(オバちゃん)になった今なら・・・
ふわふわをしっかり見つめて掴むことができるような気がします。


大学は通信制ですが、
自宅で頭の周りのふわふわを掴んで集めて・・・

自分のペースで幸せに学んでいます。


こんな表現・・・
理解も共感も得られにくいだろうなぁ・・・


頭の周りのふわふわを集めながら生きている方がいらっしゃったら
ご連絡ください(笑)


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cocorotte(こころって)を織り上げて行く

~だれひとり 心がエラーを起こさない社会へ~

あたしゃ本気だ。
必ず織り上げて行く。


cocorotteは、やはりワークショップ。
そして表現。

ずっと思っていたけれど、映像を扱う仲間が欲しい。


勉強×表現を磨く×出会って行く


この3本柱で走ってみよう

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織り上げるプロセスの1ページをご一緒に
↓↓↓
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人間関係の基本が無視されがちな「LGBT」という存在。

「関わり」「人間関係」という視点でLGBTブームを眺めました。


先日『きょうとイロ』イロ会に参加し
私がここ1年ほど感じていた「LGBTブームの不快感」を振り返りました。

LGBTが(と言うか「セクシュアルマイノリティ」が)急に視覚化され
元々活動上の目的がありカミングアウトしていた私のお座敷には・・・

急に土足で大勢の人がズカズカ踏み込んで来た(比喩)。

「大変だったでしょう」
「親御さんはどう仰っていますか」
「性別を超えた素晴らしい愛ですね」

「大丈夫ですよ、私、アライですから」


急に明るいところに出され
頭上から無数の手がのびて来ると・・・

それが
優しさの手なのか、
支援の手なのか、
迫害の手なのか、
虐待の手なのか、

区別がつかないのですよね。。。

姿が見えないので。


人間関係って不思議で
心を閉じて
自分の姿を見せずに
手だけのばすことができるのですね。

そう言う場合の手は
必ず頭上からやって来ます。

人間関係の怖れや差別意識は誰の心の中にもあり
それを自覚できている人ならば、
頭上からではなくて、
まずは遠くから自分の姿を見せ、
相手の様子を見ながら
徐々に距離を縮めて行きます。

そうして真横に来た時には
「顔見知り」を超えて「お友達」に移行しているのですね、きっと。


なぜ「LGBT」になると
とたんに「人間関係」の基本を飛び越えてしまうのか。

頭上から手をのばし、
怯えているのを無視して光の元にさらし、
ひどい場合は信頼関係もない状態で
「で?性生活はどうやるの?」
と話題を展開する。

初対面で髪の毛を引っ張って連れて来られ
その上
馬乗りになって下着をはぎ取られる・・・

こんな恐ろしい比喩が頭の中に浮かびました。


こんなことを思いながら、自分の心に起きていたことを振り返っていました。


大きなブームの中で
その波をぼんやり眺めながら
『争いの世界』を感じていました。

争いは悲しい。
できればみんな仲良く。
友好的に。

振り返りの締めには私の願いもきちんと表現することができました。

あの溺れそうな不快感の中から
よく生還しました、私。
パチパチパチーーーー

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「完璧主義」さんは、理想の亡霊にとりつかれるクセがある。

表面から見えることと、内面に起きていること。
大きなギャップがありませんか?

いえ、それどころか。

私はどちらかと言うと、
内面ばかり見つめてしまっていて、
表面のことをすっかり忘れていることの方が多いかも知れません。

ここ最近は特にそんな状況でした。

その理由は、
同時進行でこなさなくてはいけないことが複数ラインあり
何かと気忙しいからでした。

表面上は、穏やかで充実した時間が淡々と流れていました。

でも、心の中ではうまくできない歯がゆさでいっぱいでした。

でも、うまくできないと言っても、何が失敗したということもありません。
仕事で小さな失敗を重ねてはいますが、想定内のことです。


優しく流れる時間の中で、
実は私は、世間には内緒の失敗者。

できればこの失敗感、あまり感じないようにしたいなと思いました。
だって何となく、無理矢理失敗感の中に身を置いているような、
そんな感覚でしたから。


さて、そんな日々を過ごしていた私ですが、
先日、日常がキラキラ輝いている人に会う機会があり、
思い切って聞いてみました。

「忙しい毎日、重なる案件をどのようにこなしているのでしょう?」

答えは・・・

こなせてなんかいない。
うまくできてなんかいない。
バランスなんか取れていない。


あぁ・・・!と。

私の失敗感の正体は・・・

全てを!
完璧に!
上手に!
バランスを取って!

が、できていないからだったのだと。

「完璧主義」は私のクセなのです。
何度も何度もこれをやって
でも、毎回すぐに忘れてしまうのです。

「完璧主義」は、自分の理想の亡霊のようなものですから
実体なんてありません。
実体がないものを見つめて、これまた不快感の亡霊を身にまとっているような。


今回も、ありもしない「完璧」を闇雲に目指していた自分をなだめて
本当の目的をもう一度見つめ直すように自分に促しました。


自分のもののようでいて、
自分の思うようにならない
私の心ってば。


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目の見えない人は世界をどう見ているのか(伊藤亜沙・著)

私は数か月前、
あるワークショップで、(短時間ですが)
視覚を遮断して動き回る試みをしました。

さぞかし不便でオタオタするだろうと思っていたのですが、
実際は・・・

・情報が少なくて何て静かでラクなんだろう
・他人の視線が分からないから、自意識が薄まり自分自身でいられて心地いい

この意外な体験に興味を持っていました。

その影響もあってか、
あるミュージアムショップで目に留まった本をご紹介したいと思います。


目の見えない人は世界をどう見ているのか
伊藤亜沙(光文社新書




生物学者を目指していた著者が美学に転向し、
その2つをクロスさせた視点で
〈目の見えない人〉の世界を描き出しています。

美学と生物学がクロスするところ---
それは「身体」・・・
美学も生物学も、身体の働きやまわりの環境との関わりについての探求してきた、
と著者は述べています。

この本は
「目の見えない人を理解しよう」という表面的な目的のためのものではありません。

著者の
「自分じゃない身体を持つものに変身したい」
「変身したことを身を持って感じたい」
という切望とも言える想いを通して
〈目が見える人〉が見過ごしているかも知れない
〈目のみえない人〉の豊かな世界を描いています。

「障害者」と呼ばれる人が
援助されるという一方からだけの立場ではなく、
この社会への新しい豊かさの提案をする存在であり得るのではないか。

この視点を持つことによって、
常識で固まり停滞している社会への風穴の可能性を充分感じられます。


私のワークショップでの体験は、
「見える」ことに依存し過ぎていて、
かえって何も見えなくなってしまっていたことに
気づいた瞬間だったのかも知れませんね。