♪ cocorotte な毎日 ♪

「こころってなぁに?」と問いかける毎日。cocorotte(こころって)濱田アキのブログです。

濱田発表分の記録 『GID(性同一性障害)学会 第17回研究大会・総会 in 大阪』

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去る3月21日(金・祝)・22日(土)
GID(性同一性障害)学会
第17回研究大会・総会 in 大阪

において、
約1年前から取り組んでいる『週末里親』について
発表をする機会をいただきました。


「多様な親子のあり方」
というシンポジウムの中で

人生の選択肢に「週末里親」を入れてください
というタイトルでお話させていただきました。

下に、お話した内容を挙げさせていただきました。

******

~シンポジウム「多様な親子のあり方」~

『人生の選択肢に「週末里親」を入れてください』

所属:まんまるの会

濱田 アキ


私は、大阪府で「週末里親」をしています。
夫はFtMです。

週末里親」とは、児童養護施設で暮らす子どもの中で、
親は存在するけれど、事情があって長期間面会がなかったり、
家庭で過ごせない子どもに家庭生活を味あわせてあげるものです。

私たちは、毎月一回の割合で、
お泊まりさせてあげて一緒に過ごしています。

それは、同じ子どもです。

週末里親の登録をしたのは2年半程前ですが、
ちょうどその頃、
育児放棄で子どもが家に放置され餓死するというニュースを
立て続けに見ました。

その時、私たちは食卓に4人前ぐらいの料理を盛り、
(もちろん、2人で平らげるつもりの料理です)
口の中いっぱいに料理を頬張りながら夜のニュースを見ていました。

画面の中と自分の口の中のあまりのギャップを感じながら
「親になることは難しいけれど、
 ごはんぐらいなら、うちで食べさせてあげるのに・・・」
と思ったのを覚えています。


週末里親」とは何かや「週末里親」になる手順は、
今日は家庭養護促進協会さんもいらっしゃいますし、
WEB上でも見られるので割愛するとしまして、
ここでは、私にしか話せないこと、
たぶん夫も知らないような、
私の心の中の動きをお話できればと思います。

その中で、夫との関係性の変化が表現できればいいな、と思っています。


さて、家庭養護促進協会で「週末里親」登録をする際、
二人の関係、二人の周りとの関係、
二人をサポートしてくれる人はいるのか等の
「関係性」を中心に聞かれました。

その頃、2人の生活は穏やかで
「いい関係」と思い込んでいましたので、
(いえ、何かあるというわけではないのですが)
「私たちはうまくやってのけるはず」という気持ちに
浮かれていました。

だって、友人だってたくさんいるし、
夫の主治医も近くにいてくださり、
まんまるの会にもつながりを持っていました。

私たちは「完璧」でした。


登録して約1年半後。
とうとう私たちにマッチングしたという子どもが現れました。


そして「週末里親」が始まりましたが、
意外にも達成感や成功体験が感じられません。

私は、だいたいいつもイライラしています。

思い通りに動かない子どもの言動は、そんな私の心を逆なでします。

カッとなって、心の中で何度も手を上げました。

「あんたがかわいそうだから
 あんたがかわいそうだから!
 泊めてやってるんだろう?
 あんたがいて、いくらお金がかかると思ってんの!
 もっと感謝しろ!
 これを普通と思うなよ!」

もう、それは酷い気分です。
本当に酷い気分でした。


夫のサポートが欲しいと心から願いましたが
夫だって初めてのことだらけ。

きっとそれどころじゃなかったのでしょう。

私の気持ちは突っぱねられているように感じ
夫を遠く感じました。

「こんなはずじゃなかった」と思いました。

私は、夫の近くにいたかった。
もっともっと溶けるように近くに感じたかったのです。

欲しいものが得られず、何事も上手にできず、
自分のことが大キライになり、泣けてきました。


でも、この感情は、助けてくれない夫のせいなのでしょうか。
ちっとも思い通りにならない子どものせいなのでしょうか。
自分のことを「完璧」だなんて勘違いして
週末里親」を始めてしまったせいなのでしょうか。


私は、忘れ物をしてきた過去が
たったったったっと
追いついて来たような気持ちになっています。


想像の中で振り上げた手を、
実際に子どもに振り下ろさずに済んだのは、
子どものせいではない私の感情が、
子どもの将来に実際に与える影響というものを
瞬間的に感じ取ったからではないかと思います。


私の心の動きを、皆様に手に取るように感じ取っていただけるよう
お伝えしたいと思いましたが、
中々うまくまとめることができません。

特に、性別変更のプロセスでの私自身の感情は、
とても短時間で話し切ることはできません。

そこで、いいものを見つけたんです。

マッチングした子どもが現れて、
週末里親」を始める直前の私の心境を聞いて、
別の目線から私のことを詩にしてくださった方がいます。

その方の了承を得まして、その詩をここで読んでみたいと思います。

:::::::::

 三人

        佐藤たっつー



二人であるいてきたんです

いろんなことがありました。

笑ったときもありました。

泣いたときもありました。

寂しいときもありました。

二人で歩いてきたんです。


二人じゃ足りないわけじゃ

ないけれど

仲間が欲しくなったんです

去年の8月暑い夏

二人じゃ足りないわけじゃ

ないけれど

仲間が欲しくなったんです



これからときどき三人で

歩いていくかもしれません

とても楽しみ

今 夢の中

こたつでみかんなんて

いいですね。

布団も三つ

並べましょう

これからずっと三人で

歩いていくかもしれません

::::::::

この詩を作者の方が朗読してくださった時、
私は思わず泣いてしまったのですが、
この詩は、私の週末里親に対しての期待、
夫との関係への想い、
そして、とりわけ「葛藤」が表現されています。

そこが「あぁ、私だなあ」と感じました。
自分の中の「葛藤」を自覚して、私はその場で涙を流したのでした。


週末里親」は、親になるものではない。

自分の欲しいものを得るためのものでも、ない。

でも、私たちの前に現れたこの子は、
私たちが待ち望んでいた子ども、、、なのかも知れない。

そんなことを思いながら、
週末里親」2年目に取り組んでいます。


何かありましたら、お声がけいただけましたら
お答えできる範囲でお答えします。

皆様の何らかのお役に立ちましたら幸いです。

本日はありがとうございました。


******

「三人」の詩の作者のお名前公表は、
シンポジウム当日は控えていました。
(目的が異なってしまうので)

今回文章化し、公開するにあたって、
ご本人の了承を得まして
お名前を公開させていただきました。