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♪ cocorotte な毎日 ♪

「こころってなぁに?」と問いかける毎日。感情とセクシュアリティときらめきでできている毎日。

セクシャリティ問題に葛藤が結びつかなかったわけ

"jewel-kko" project ジュエルっ子プロジェクト Expression activities 表現活動 Transgender and Sexual minority 性的マイノリティ A heart is brought up 心を育む

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はっきりと小学6年生の時に思ったことを覚えています。


このままだと大変なことになる


その頃私は、
誰よりも大人で
誰よりも物事を分かっていて

何よりも

私は誰よりも正しい

と思っていました。


悩み事は何もなく、毎日が楽しく幸せで

「こんなに幸せで、私どうなっちゃうんだろう」

と、思った時、心の裏で

このままだと大変なことになる

と。


ドキッとしながらも、
その時はそんなうっすらとした思いは打ち消して・・・


果たして・・・

「このまま」だとやっぱり大変なことになってしまったのですよね・・・


私は正しいのに、自分の思い通りにならない
私は正しいのに、幸せになれない


一番正しいことが一番「良い」ではないのなら、
本当に一番正しいことって何?

******

『絵本・ジュエルっ子物語』についての考察を重ねるうちに
(ほぼ、犬飼美也妃さんとの
コミュニケーションの中で判明したことでしたが)

私は、
正しいか間違いかのぐるぐる思考に囚われているわりには
同性同士の恋愛感情や
生まれ持った性別とは異なる性別で生きたいという気持ちを
「間違い」
とは捉えなかった。

ということに気づきました。

そう言えばそうだな、とびっくりしました。

同性に感じる恋愛感情を「間違い」として
「そこ」の部分で自分のことを思い切りジャッジするのが
本来の(?)『正しい間違い思考』ではないのか?

私は今まで同性への恋愛感情に葛藤を感じたことはないんです。

おかしいな。。。

私の『正しい間違い思考』を
セクシャリティ問題はどうやってすり抜けたのでしょう。

考えつくことは

「特別さというごちそう」

が優先したことでしょうか。


正しいことを探し求める割には、
一般的に「正しい」とされることに興味はなかった。

アンダーグラウンド的なものに関わる方が心地よいと感じた。

既存のものに興味がなかった。


ごくごく近い過去のことですが
セクシャルマイノリティは、
一般的ではなく、
アンダーグラウンド的で
既存感がなかった。
(私には)

そこで、私にとってごちそう感が出てしまい、
私の過敏項目からするりと通り抜けてしまったのですね。

むしろ、ごちそう項目ですから、
私のライフラインになる感情と言えると思います。


だから、セクシャルマイノリティの外側のところで
「正しい」だの「間違ってる」だの、
ぐるぐるぐるぐるやるようになったのですね。

ヘンテコですね。