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♪ cocorotte な毎日 ♪

「こころってなぁに?」と問いかける毎日。感情とセクシュアリティときらめきでできている毎日。

トランスジェンダーを、GID(性同一性障害)を、理解できなくて

オットのトランスジェンダーの部分
オットのGID性同一性障害)の部分

妻なのに分からない
分かってない
と、
私、自信をなくさなくちゃいけないのかな

理解しなくちゃ
理解しなくちゃ
と、

夫婦の生活のほとんどを
理解ってなんだろうと
答えを探し求める時間に
しなくちゃいけないのかな

そのうち
「理解」という言葉にさえ
心が拒否をするようになった

完全に理解できないのなら
ひとかけらも理解するべきじゃない
と、投げ出すようになった

オットは遠い存在になり
私は、自分自身の人生さえも
遠くへ押しやった

妻の私でさえ
オットのトランスジェンダーの部分
オットのGID性同一性障害)の部分
分からないのに

その他大勢の人に
理解することを求めるなんて
とてもできないと思った


私の存在理由って何なのだろう

何かの役に立ちたいと思っていても
その何かは分からないし
実際何の役にも立っていない


私の存在理由って何なのだろう


自分のことをそのように思ってしまうのが辛くて
私は心を凍結させることにした

******

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「理解」という言葉への嫌悪感で凍り付いていた私の心が溶けたのは
原画展の中でのことでした。


『ジュエルっ子物語』の中で
大きな見どころのうちのひとつである
ジュエルっ子登場シーン。

すこぉし不敵な笑みを浮かべているように見える
魅力的なジュエルっ子の挿絵。


原画展の会場では、
その絵が男の子に見えるか女の子に見えるか
来場者さまと美也妃さんがいつも盛り上がっていました。


結論から言えば
人によってどちらに見えるかはバラバラで

『ジュエルっ子物語』にとっては
どちらに見えたとしても
何の影響もなく。

ただただ、
答えなどないことを
様々な当事者の方が
あぁでもない、こうでもないと盛り上がっているという・・・


その光景が
私にとってはとても嬉しいものでした。


『ジュエルっ子物語』をご提供しながらも
ジュエルっ子を理解なんてしなくていい。

ただただ
『ジュエルっ子物語』を楽しんでいただきたい。


私は
「理解」への嫌悪を持ちながら
嫌悪感を持っている心の狭さを
自分自身で責めていました。

そうなのか。
理解なんかしなくても
私たちは一緒にこんなに楽しめる。

様々なコミュニケーションによって。


嫌悪については、
「理解」という言葉への警告を示した
自分の心の敏感さを少し見直しました。


私の心を溶かしてくれたできごと。


大成功ですね、美也妃さん。

******

心を溶かしたい
心を溶かしたい

あったかさを感じられるように

心が溶けると
もちろん痛みも感じてしまう

でも
痛みを感じられる心じゃないと
あったかさだって感じられないんだから


これからも私たちと一緒に生きて行きましょう!