♪ cocorotte な毎日 ♪

「こころってなぁに?」と問いかける毎日。cocorotte(こころって)濱田アキのブログです。

人間関係の基本が無視されがちな「LGBT」という存在。

「関わり」「人間関係」という視点でLGBTブームを眺めました。


先日『きょうとイロ』イロ会に参加し
私がここ1年ほど感じていた「LGBTブームの不快感」を振り返りました。

LGBTが(と言うか「セクシュアルマイノリティ」が)急に視覚化され
元々活動上の目的がありカミングアウトしていた私のお座敷には・・・

急に土足で大勢の人がズカズカ踏み込んで来た(比喩)。

「大変だったでしょう」
「親御さんはどう仰っていますか」
「性別を超えた素晴らしい愛ですね」

「大丈夫ですよ、私、アライですから」


急に明るいところに出され
頭上から無数の手がのびて来ると・・・

それが
優しさの手なのか、
支援の手なのか、
迫害の手なのか、
虐待の手なのか、

区別がつかないのですよね。。。

姿が見えないので。


人間関係って不思議で
心を閉じて
自分の姿を見せずに
手だけのばすことができるのですね。

そう言う場合の手は
必ず頭上からやって来ます。

人間関係の怖れや差別意識は誰の心の中にもあり
それを自覚できている人ならば、
頭上からではなくて、
まずは遠くから自分の姿を見せ、
相手の様子を見ながら
徐々に距離を縮めて行きます。

そうして真横に来た時には
「顔見知り」を超えて「お友達」に移行しているのですね、きっと。


なぜ「LGBT」になると
とたんに「人間関係」の基本を飛び越えてしまうのか。

頭上から手をのばし、
怯えているのを無視して光の元にさらし、
ひどい場合は信頼関係もない状態で
「で?性生活はどうやるの?」
と話題を展開する。

初対面で髪の毛を引っ張って連れて来られ
その上
馬乗りになって下着をはぎ取られる・・・

こんな恐ろしい比喩が頭の中に浮かびました。


こんなことを思いながら、自分の心に起きていたことを振り返っていました。


大きなブームの中で
その波をぼんやり眺めながら
『争いの世界』を感じていました。

争いは悲しい。
できればみんな仲良く。
友好的に。

振り返りの締めには私の願いもきちんと表現することができました。

あの溺れそうな不快感の中から
よく生還しました、私。
パチパチパチーーーー

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